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「松之助さん、いつもご苦労様」
何気なく、耳に入ってきた名前に、ふと、足を止める。
視線をやれば、荷運びか何かの帰りだろうか。
若い手代を、店の番頭らしき男が、店先まで見送りに来ていたところだった。
「いえ…こちらこそ、いつもありがとうございます」
控えめに笑いながら、しっかりと返すその横顔に、目を凝らす。
手代は、随分と上等な着物を着ていた。
大店に、勤めているのは一目で知れる。
話でしか知らぬ兄の、生みの父親が営んでいる店のような、大店の手代に違いない。
「いえいえ。長崎屋さんには本当に、いつもお世話になって…」
番頭が、何気なく口にした屋号に、目を見開く。
どくり、血がざわつくような心地がして。
思い浮かぶのは、一つの予感。
そう言えば、あの火事で兄の奉公先も燃えてしまったのだ。
兄が生まれた時に、既に縁が切れていたとはいえ。
生みの親を頼っていたって、不思議は無い。
「松之助、…兄ちゃん?」
番頭に暇を告げて、歩き出したその背に、恐る恐る、呼びかける。
振り返った顔は、怪訝そうな色を浮かべていたけれど。
それでも、本郷の、今は焼けてしまった己の生家の屋号を告げると、その眼は驚いた様に見開かれた。
「林太郎…お前…無事だったのかい」
「ああ。…兄ちゃんも、元気そうだね」
零れるように、己の名をつぶやく兄に、林太郎は、ぎこちない笑みを向ける。
「今は…長崎屋に?」
「え、…?ああ、うん。…廻船問屋の方で、手代を…」
戸惑うように、自分を見つめる兄の身なりは、自分よりもずっと立派なものだった。
家が焼け、店が焼け。
一時は明日をも知れぬ身の上になり、ようやっと、店を建て直しても、今度はそこに、借金と言う重荷が覆いかぶさってきた。
大した蓄えも無い店を立て直せば、借金が嵩むのは当然だ。
林太郎の、日々の暮らしは、決して楽なものではない。
人より随分荒れた手が、何よりそれを、あらわしていた。
「俺達のこと、気に掛けようとは思わなかったの」
「え?」
小さく、呟いた声は、町の雑踏に紛れて、松之助には届かない。
じわり、じわり、身のうちを底意地の悪い感情が焦がす。
ぎりと、荒れた手を握り締めて。
顔を上げて、浮かべるのは、意地の悪い笑み。
「俺たち、火事で家が焼けたでしょう?」
「ああ、うん。…大変だったろう」
眉根を寄せて、弟を見つめる松之助は、心底心配していたけれど。
歪んだ心持になってしまった林太郎には、ひどくよそよそしく、まるで他人事扱いのように、聞こえた。
それは一層、身のうちの黒い感情を増幅さて。
知っていて、助けの手を伸ばしてはくれなかったのかと、苛立つ。
「それでね。今、暮らし向きに酷く困っているんだよ」
眉尻を下げて。
悲壮な声音で喋る自分を、内心、大した役者だと、せせら笑う。
「兄ちゃん、長崎屋に勤めてるなら、随分貰っているんだろう?」
覗きこんだ兄の眼が、揺れる。
きっと、実の父に泣き付いて、良い待遇を受けているに違いないと、松之助のことを、何も知らない林太郎は、思い込む。
こんなにも、こんなにも、己は辛い思いをしているのに。
荒れて、ひび割れた手が、痛んだ。
「少しでいいんだ。……金子、都合しておくれよ」
うっすらと笑みを浮かべて。
覗きこんだ松之助の顔は、強張っていたけれど。
その首を、横に振ることは、しなかった。
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